同じキーボード。
同じ画面。
それなのに、
朝と夜では、まるで別の文章になる。
朝に書く記事は、少しだけ前向きだ。
光が差し込む部屋で、
頭もまだ静かで、
余計な不安が入り込む隙が少ない。
構成を整え、
論理を並べ、
「役に立つ形」にしようとする自分がいる。
一方で、夜に書く記事は、
どこか本音に近い。
昼間は押し込めていた迷いや、
小さな劣等感や、
成果への焦りが、
静かに言葉へと滲み出る。
夜の文章は、少し柔らかくて、
少し弱い。
でも、その弱さが、
不思議と自分らしい。
朝の記事は「未来」に向いている。
夜の記事は「今の自分」に向いている。
どちらが正しいわけでもない。
どちらも、自分の一部だ。
朝に書いた記事を夜に読み返すと、
少し他人のように感じる。
夜に書いた記事を朝に読むと、
少し照れくさくなる。
それでも、どちらも消さずに残していく。
朝と夜を行き来しながら、
少しずつ、自分の文章が形になっていく。
たぶん大事なのは、
どの時間に書くかよりも、
書くことをやめないことなのだと思う。
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