正直に書きます。先日、記事のタイトルをAIにほぼ丸投げして、出てきた案をそのまま使ってみました。
結果は、見事に読まれませんでした。
本文には自信がありました。調べて、構成を考えて、読み返して直して、手間もかけました。それなのに、アクセスはほとんど伸びなかったんです。
今日は、この失敗から見えてきたことを整理してみます。AIが悪いという話ではありません。使い方の問題でした。
AIが出してくれたタイトルは、悪くなかった
先に言っておくと、AIが出したタイトルはちゃんとしていました。
- 文法は正しい
- 意味もわかる
- 検索キーワードも入っている
- 見た目もきれいに整っている
ダメな点を探すほうが難しいくらいです。だからこそ、疑わずにそのまま採用してしまいました。
でも、読まれなかったんです。
理由1:「正しいけど、誰でも書けるタイトル」だった
AIが作るタイトルは、平均点が高いです。裏を返すと、どこかで見たことのあるタイトルになりやすいということでもあります。
「〇〇の方法を解説」「初心者向け〇〇ガイド」「〇〇のポイントまとめ」
検索結果にずらっと並んだとき、似た顔のタイトルの中に埋もれてしまいます。読む人は、その中から「この人の記事を読みたい」と思える一本を探しているのに、です。
理由2:書いた本人の「体温」が消えていた
雑記ブログの強みは、書いた人の経験や気持ちが見えるところだと思っています。
AIに任せたタイトルには、そこがすっぽり抜けていました。
- 自分が実際に悩んだこと
- 失敗して気づいたこと
- 誰かに話したくなった小さな発見
記事の中身にはそれがあるのに、入口のタイトルで全部ならされてしまっていたんです。玄関だけ無機質な家に、人はなかなか入ってきてくれません。
理由3:読む人の「今の気持ち」に触れていなかった
人がタイトルを見て記事を開くのは、情報がほしいときだけではありません。
「これ、自分のことかも」「ちょっと気になる」「続きを知りたい」
そんな気持ちが動いたときにもクリックします。
AIのタイトルは情報としては整っていても、気持ちに引っかかる部分が弱いことが多いです。私が選んだタイトルも、読んだ人の心がちょっと動く一言が足りませんでした。
理由4:「選んだ」のではなく「決めてもらった」だった
いちばん大きな反省点は、ここかもしれません。
AIは何案も出してくれます。それなのに私は、最初の案をそのまま使いました。比べもしなかったし、自分の言葉に直しもしませんでした。
タイトルを考えるのは、記事で何を伝えたいかを自分で確認する作業でもあります。そこをまるごと手放した記事は、中身にも芯がなくなっていた気がします。
AIを、タイトル作りの「相棒」にする使い方
では、AIを使わないほうがいいのか。私はそうは思いません。使い方を変えれば、かなり心強い相棒になります。
今は、こんな流れでやっています。
- まず自分で、仮のタイトルを一本書く
- AIに「この記事を読んでほしいのはこんな人」と伝えたうえで、案を10個ほど出してもらう
- 並べて、ピンときた言葉や言い回しだけを拾う
- 自分の経験や実感を一言足して、自分の言葉に直す
- 最後に、声に出して読んでみる
AIには「素材」を出してもらい、仕上げは自分がやる。この役割分担にしたら、タイトル作りがずいぶん楽しくなりました。
タイトルを仕上げるときの小さなチェック
出す前に、次の3つだけ確認しています。
- 他の記事と並んでも、これは自分の記事だとわかるか
- 読んでほしい人の顔が、一人は思い浮かぶか
- 自分が検索結果で見かけたら、クリックするか
どれかに引っかかったら、もう一度言葉を選び直します。
まとめ
AIにタイトルを任せきりにした記事が読まれなかったのは、タイトルが間違っていたからではありませんでした。
整いすぎていて、誰が書いたのかも、誰に向けたのかも、伝わらなかった。それが一番の理由だったと思います。
AIは頼れる道具です。ただ、最後に「この言葉で出す」と決めるのは、書く人間の仕事なんですよね。
書いた記事に、自分の名前をつけるような気持ちで、タイトルだけは最後に自分の手で整えてみる。その一手間で、記事の見え方はきっと変わってきます。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
PR
コータのAmazonページへ
コータのAIイラスト、Xページへ
コータのユーチューブページへ
よろしければ、
のぞいてみてください