2026年9月3日木曜日

AI時代にアフィリエイトは生き残れるのか

ChatGPTやClaudeのようなAIが当たり前になった今、「アフィリエイトはもう終わりなのでは」という声を耳にすることが増えました。実際、AIが検索の代わりになりつつある今、これまでのように記事を書いて広告収入を得るというモデルは、大きな転換点に立っていると言えるでしょう。

検索行動の変化がもたらす影響

これまでは「〇〇 おすすめ」と検索して、上位表示された記事を読み比べるのが当たり前でした。しかし今は、AIに直接質問すれば、複数のサイトを比較する手間なく答えが返ってきます。この変化は、従来型の比較記事やレビュー記事の需要を確実に減らしていくはずです。

それでも人間の言葉が必要とされる理由

一方で、AIが生成する情報には「体験に基づいた説得力」が欠けているという弱点があります。実際に商品を使った感想や、失敗談を交えたリアルな声は、AIには簡単に代替できません。読者が最終的に求めているのは、単なる情報の羅列ではなく「この人が言うなら信頼できる」という納得感です。ここに、これからのアフィリエイトが生き残る余地があります。

これからのアフィリエイトに求められる姿勢

今後生き残るブログは、量産型の情報サイトではなく、書き手の個性や専門性が色濃く出たメディアになっていくと考えられます。AIに書かせた無機質な文章の羅列では差別化できません。逆に言えば、自分の言葉で、自分の経験を語れる人にとっては、AI時代はむしろチャンスとも言えるのです。

まとめ

AIの台頭によってアフィリエイトの形は確実に変わっていきます。しかし「終わる」のではなく「淘汰され、進化する」というのが実態に近いのではないでしょうか。情報を右から左に流すだけの記事は淘汰される一方で、自分にしか書けない視点を持つ発信者は、これからも読者に選ばれ続けるはずです。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

PR
コータのAmazonページへ

よろしければ、
のぞいてみてください


2026年9月2日水曜日

アフィリエイトは終わコンなのか、それとも進化するのか

「アフィリエイトはもう終わった」

そんな声をネットで見かけるたびに、少しだけドキッとする。実際にブログを書き続けている身としては、他人事ではないからだ。

検索流入は減った、SNSの影響力は強くなった、AIが記事を書く時代になった――たしかに、数年前とは状況がまるで違う。それでも「本当に終わったのか?」と聞かれると、素直に頷けない自分もいる。

「終わコン」と言われる理由

まず、なぜそう言われるようになったのかを整理してみたい。

一つは、検索エンジンのアルゴリズム変化だ。個人ブログよりも大手メディアや公式サイトが上位表示されやすくなり、新規参入者が検索経由で読者を集めるのが以前より難しくなった。

二つ目は、情報の取得方法そのものが変わったこと。何かを調べるとき、検索ではなくSNSや動画、あるいはAIチャットに直接聞く人が増えている。「ブログを読む」という行動自体が、若い世代ほど減っているのは体感としてもわかる。

三つ目は、単純に参入者が増えすぎたことだ。同じジャンル、同じような構成の記事が量産され、差別化が難しくなっている。これは「終わコン」というより「レッドオーシャン化」と呼ぶべき現象かもしれない。

それでも消えていないもの

一方で、アフィリエイト自体がなくなったわけではない。むしろ市場規模で見れば、まだ緩やかに伸びているというデータもある。

なくなったのは「誰でも簡単に稼げる時代」であって、「アフィリエイトという仕組み」ではない、というのが実感に近い。

たとえば、特定のジャンルに深く入り込んで、実体験や比較データを積み上げている個人ブログは、今でも根強く読まれている。読者が求めているのは「量産された当たり障りのない情報」ではなく、「その人にしか書けない視点」なのだと思う。

変わったのは「稼ぎ方」ではなく「求められる中身」

ここ数年で感じるのは、記事の役割が変わってきたということだ。

以前は「とりあえず記事数を増やして検索順位を取る」というやり方が通用した時期もあった。しかし今は、AIが同じような文章をいくらでも書けるようになったからこそ、逆に「人が実際にやってみた話」「失敗も含めた正直な感想」の価値が上がっている気がする。

SNSで情報を拾い、動画で使い方を確認し、最後に「じゃあ実際どうなの?」という部分だけブログで深掘りする――そんな読まれ方をしている記事も増えてきた。ブログが情報の入り口ではなく、最後の後押しになる場面が増えたということかもしれない。

進化しているとすれば、どこか

個人的には、「終わった」というより「役割が変わった」と捉えている。

誰でも同じテンプレートで稼げる時代 → 終わった
個人の経験や視点を積み重ねて信頼を作る時代 → むしろこれから
SNSやAIと組み合わせて、複数の入口から読者に届ける時代 → 今まさに進行中

ブログ単体で完結する時代から、SNSや動画、AIツールと組み合わせて「読者との接点を増やす時代」に移っているのだと思う。

まとめ

「アフィリエイトは終わコンなのか、それとも進化するのか」という問いに、今の自分なりの答えを出すとすれば、こうなる。

簡単に稼げる時代は終わった。でも、アフィリエイトという仕組みそのものは終わっていない。

むしろ、量より質、テンプレートより経験、が問われる時代に変わっただけなのかもしれない。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

PR
コータのAmazonページへ

よろしければ、
のぞいてみてください


2026年9月1日火曜日

アフィリエイトの将来性を今さら考えてみた

ブログを書き続けていると、ふと手が止まる瞬間がある。今日はまさにそんな日だった。「このままアフィリエイトを続けていて、この先も意味があるのだろうか」と、今さらながら考え込んでしまったのだ。

今さら感はあるけれど

正直に言うと、こんなことを今考えるのは遅すぎる気もする。もう何十記事も書いてきたし、報酬が出た日も出なかった日もたくさん経験してきた。それでも改めて立ち止まって考えたくなったのは、SNSや検索の仕組みがどんどん変わっていくのを日々感じているからだと思う。

検索の形が変わってきている

昔は「知りたいことがあれば検索する」のが当たり前だった。でも最近は、AIに直接聞いて答えをもらう人も増えている。そうなると、これまでのように検索結果からブログにたどり着いてもらう、という流れそのものが少しずつ変化していくのかもしれない。

そう考えると不安になる部分もある。ただ、情報を「まとめて答えてもらう」ことと、「誰かの実体験や本音を読みたい」というニーズは、また別のものなのではないかとも思う。AIが要点を教えてくれても、実際に使ってみた感想や、失敗も含めたリアルな話は、結局人が書いたものにしか出せない価値なのではないだろうか。

稼げるかどうかより、続けられるかどうか

将来性という言葉で考えると、つい「稼げるか稼げないか」に意識が向いてしまう。でも今回改めて思ったのは、稼げるかどうかは正直誰にも保証できないということ。それよりも「自分がこの先も書き続けられるかどうか」のほうが、実はずっと大事な問いなのかもしれない。

書くこと自体が苦にならず、むしろ小さな発見や気づきを言葉にする作業が楽しいと思えるなら、たとえ環境が変わっても、形を変えながら続けていけるのではないかと思う。

今のところの結論

今さら考えたところで、明確な答えが出たわけではない。ただ、アフィリエイトというやり方そのものよりも、「発信を続けること」に意味があるのだと、今は思っている。将来性があるかどうかを心配するより、まずは今日書ける一本を書く。そんな地味な積み重ねが、結局いちばんの答えになる気がしている。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

PR
コータのAmazonページへ

よろしければ、
のぞいてみてください


2026年8月31日月曜日

アフィリエイトはこれからも稼げるのか

「アフィリエイトはもうオワコンだ」——そんな声を耳にしたことがある人は多いのではないでしょうか。SNSの普及、AIの台頭、検索エンジンのアルゴリズム変化など、ネットを取り巻く環境はここ数年で大きく変わりました。そんな中で「アフィリエイトはこれからも稼げるのか」という疑問を持つのは、むしろ自然なことだと思います。

「稼げない」と言われる理由

まず、なぜ「アフィリエイトは稼げない」と言われるようになったのかを整理してみましょう。

一つは、参入者の増加です。誰でも簡単にブログやサイトを始められる時代になったことで、同じジャンル・同じキーワードを狙うライバルが爆発的に増えました。以前なら簡単に上位表示できたキーワードも、今では大手メディアや専門特化サイトがひしめき合っています。

もう一つは、検索エンジンのアルゴリズムがより「信頼性」や「専門性」を重視するようになったことです。薄い内容の記事や、他サイトの寄せ集めのような記事は評価されにくくなり、結果として個人が片手間で書いた記事が上位に表示されにくくなりました。

さらに、SNSやショート動画といった新しい情報収集の手段が広がったことで、「検索してブログを読む」という行動自体が以前より減っているという指摘もあります。

それでも稼いでいる人がいるのはなぜか

一方で、今もアフィリエイトで着実に収益を上げている人たちがいるのも事実です。彼らに共通しているのは、いくつかのポイントです。

専門性の追求
特定のジャンルに絞り込み、そのジャンルについて誰よりも詳しく、実体験に基づいた情報を発信している人は、今でも高い評価を得やすい傾向にあります。広く浅くではなく、狭く深く。これは今のアルゴリズムとも相性が良い戦略です。

読者との信頼関係
一度きりの検索流入だけに頼るのではなく、SNSやメルマガなどを組み合わせてファンを作り、繰り返し訪れてもらえる仕組みを作っている人も強いです。信頼関係があれば、多少検索順位が変動しても収益が大きく崩れることはありません。

時代の変化に合わせた発信
新しいツールやサービス、トレンドにいち早く反応し、情報を発信し続けている人も一定の需要を獲得しています。変化そのものをコンテンツにしてしまう柔軟さが、結果的に強みになっています。

これからのアフィリエイトに必要な視点

これから先も稼ぎ続けたいなら、「昔ながらのやり方をそのまま続ける」のではなく、環境の変化に合わせて発信のスタイルをアップデートしていく姿勢が欠かせません。

たとえば、単なる商品紹介記事だけでなく、実際に使ってみた感想や失敗談、比較検討の過程まで含めて発信することで、他の記事にはない独自性が生まれます。また、記事単体の質だけでなく、サイト全体としての専門性や運営者としての信頼性を高めていくことも、これまで以上に重要になってきています。

まとめ

アフィリエイトを取り巻く環境が厳しくなっているのは事実です。しかし、それは「誰でも簡単に稼げる時代が終わった」ということであって、「アフィリエイト自体が終わった」ということではありません。

むしろ、参入のハードルが上がった分、しっかりと価値のある情報を発信し続けられる人にとっては、これからもチャンスが残されている分野だと言えるでしょう。焦らず、自分なりの強みを見つけながら、コツコツと積み重ねていくことが、これからの時代に稼ぎ続けるための一番の近道なのかもしれません。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

PR
コータのAmazonページへ

よろしければ、
のぞいてみてください


2026年8月30日日曜日

報酬が出ない時期こそブログが試される

ブログを始めてから、誰もが一度は経験する時期があります。それは「報酬が出ない時期」です。

毎日記事を書いて、キーワードを調べて、リンクを貼って——それでも成果は数字に現れない。アクセス解析を開いても、思ったような動きはない。そんな時期が続くと、「このまま続けていいのだろうか」という気持ちが頭をよぎります。

報酬がないときほど、実は差がつく

多くの人がブログをやめてしまうのは、まさにこの「報酬が出ない時期」です。始めたばかりの頃はモチベーションも高く、記事を書くこと自体が楽しく感じられます。しかし、成果が伴わない日々が続くと、次第に手が止まっていきます。

逆に言えば、この時期を乗り越えられるかどうかが、ブログを続けられる人と辞めてしまう人の分かれ道になります。派手な成果が出ない時期にどれだけ地道な作業を積み重ねられるかが、後々の結果に大きく影響してくるのです。

何を試されているのか

報酬が出ない時期に試されているのは、記事の量だけではありません。

読者にとって本当に役立つ内容になっているか
検索意図とずれていないか
継続する仕組みを自分の中に作れているか

こうした基本的な部分を見直すきっかけになるのが、この停滞している時期だと言えます。焦って記事数だけを増やすのではなく、一つひとつの記事の質を丁寧に見直す時間として使うこともできます。

淡々と続けることの意味

華やかな成果が見えない時期は、地味で退屈に感じられるかもしれません。ですが、この地味な積み重ねこそが、後になって振り返ったときに「あの時期があったから今がある」と思えるものになります。

ブログは短期間で結果が出るものではなく、積み上げた記事や改善の積み重ねが少しずつ形になっていくものです。報酬が出ない時期は、ブログが自分を試しているのではなく、自分自身がブログとどう向き合うかを試されている時間なのかもしれません。

焦らず、しかし手を止めずに。今日もまた一記事、積み重ねていく。それがいつか結果につながる一番の近道なのだと思います。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

PR
コータのAmazonページへ

よろしければ、
のぞいてみてください


2026年8月29日土曜日

報酬を得るまでの遠回りにも意味はある

ブログを始めた頃、私は「早く結果を出したい」という気持ちでいっぱいでした。人気のジャンルを調べ、稼げるといわれるキーワードを詰め込み、テンプレート通りの構成で記事を量産する。そうすれば、きっとすぐに報酬という形で答えが返ってくると信じていたのです。

けれど現実はそう単純ではありませんでした。狙ったキーワードで書いた記事は思うようなアクセスを集めず、逆に何気なく書いた雑談のような記事の方が読まれることもある。効率を求めて選んだはずの道が、必ずしも近道になっていない。そんな経験を何度も繰り返すうちに、少しずつ気づいたことがあります。

それは、遠回りに見える時間にも、ちゃんと意味があったということです。

たとえば、報酬に直結しないテーマの記事を書いていた時期。「これは稼げないから無駄かもしれない」と思いながら書いていた記事の中には、後になって文章の書き方や構成の感覚を養ってくれたものが少なくありません。当時は気づかなくても、積み重ねた文章量そのものが、次の記事をより読みやすくするための土台になっていたのです。

また、うまくいかない方法を試しては失敗する、という時間も無駄ではありませんでした。どんなタイトルが読まれないのか、どんな書き出しだと離脱されやすいのか。そうした「うまくいかなかった経験」は、成功例だけを追いかけていては手に入らない具体的な感覚です。遠回りをしたからこそ、自分なりの基準や勘のようなものが少しずつ育っていったように思います。

もう一つ感じたのは、遠回りの中でしか見えてこない景色があるということです。最短距離で効率だけを追い求めていたら、きっと気づかなかったであろう小さな発見が、寄り道の中にはたくさんありました。読者からの何気ない反応、思いがけず共感された一文、自分でも予想していなかった記事の伸び方。それらは、計算し尽くした王道のやり方だけでは出会えなかったものだと思います。

もちろん、報酬という結果は大切です。継続していく上で、目に見える成果があることは大きな支えになります。ただ、その結果だけを追いかけていると、遠回りの時間を「無駄な時間」として切り捨ててしまいがちです。しかし振り返ってみると、報酬が出なかった時期に書いた記事や、迷いながら試行錯誤していた経験こそが、今の書き方や考え方を形作っている気がします。

遠回りをしている最中は、それが遠回りだとは気づけないものです。ただがむしゃらに書き続け、うまくいかないことに落ち込みながらも、少しずつ前に進んでいく。その積み重ねの先に、ようやく最初の報酬という形が見えてくる。だとすれば、遠回りに思えた時間もまた、ゴールへ向かう道のりの一部だったのだと思います。

これから何かを続けていく中で、思うように結果が出ない時期があるかもしれません。そんな時は、遠回りに見えるその時間にも、きっと意味があると信じてみてもいいのではないでしょうか。急いで手に入れた答えよりも、遠回りをして自分の中に積み上げてきたものの方が、結果的には長く支えになってくれる。そんな気がしています。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

PR
コータのAmazonページへ

よろしければ、
のぞいてみてください


2026年8月28日金曜日

報酬が出る記事と読まれる記事は同じなのか

ブログを続けていると、ふとしたときに気づくことがある。アクセス数が多い記事と、実際に報酬につながっている記事が、必ずしも同じではないということだ。

最初のうちは、読まれている記事=稼げている記事だと思っていた。PVが伸びれば、それに比例して報酬も増えていくはずだと。でも実際にデータを見比べてみると、そう単純な話ではなかった。

たとえば、検索で多くの人が訪れてくれる記事がある。タイトルが分かりやすく、悩みにストレートに答えているような内容だ。こういう記事は確かに読まれる。滞在時間もそこそこあるし、コメントがつくこともある。でも、そこから商品やサービスへのリンクをクリックしてもらえるかというと、意外とそうでもない。読者は「知りたかったことが分かって満足した」だけで、そのままページを閉じてしまうことが多い。

一方で、地味なタイトルのわりに報酬につながっている記事もある。アクセス数だけ見れば目立たない。でも、そこにたどり着く人は、すでに「何かを探している」「比較検討している」という段階にいる人が多い。情報を求めているというより、決断する直前の状態でその記事に出会っているような感覚がある。

この違いに気づいてから、記事を書くときの意識が少し変わった。読まれることを目的にした記事と、行動してもらうことを目的にした記事は、そもそも書き方が違うのかもしれないと思うようになった。前者は間口を広げるための記事で、後者は背中を押すための記事。役割が違うだけで、どちらが優れているという話でもない。

もちろん、両方を兼ね備えた記事が理想ではある。多くの人に読まれて、なおかつ行動にもつながる記事。そういう記事を書けたときは、やはり嬉しい。でも狙って書けるかというと、なかなか難しい。

結局のところ、読まれる記事と報酬が出る記事は、重なることもあれば重ならないこともある。どちらか一方だけを追いかけるのではなく、両方の役割を理解した上で、ブログ全体としてバランスを取っていくことが大事なのかもしれない。そんなことを、日々の数字を眺めながら考えている。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

PR
コータのAmazonページへ

よろしければ、
のぞいてみてください


2026年8月27日木曜日

タイトルは報酬だけを目的にすると記事はどう変わるのか

ブログを書き始めた頃、私は毎回こう考えていました。「このタイトルなら読まれるだろうか」「このタイトルならクリックされるだろうか」と。でも、ある時期から少しだけ違う問いが混ざるようになりました。「このタイトルは、報酬につながるだろうか」という問いです。

最初はほんの小さな違いに思えました。読者のためのタイトルから、成果のためのタイトルへ。言葉の選び方はそう大きく変わらないはずだと思っていました。でも実際に書き続けてみると、タイトルの目的が変わった瞬間から、記事そのものの形がじわじわと変わっていくのを感じました。

まず変わったのは、言葉の強さです。報酬を意識したタイトルは、どうしても「今すぐ」「絶対に」「知らないと損する」といった強い言葉を選びたくなります。クリックされること自体が目的になると、内容の正確さよりも、目を引くかどうかが先に来てしまう。書いている自分でも、少し煽りすぎているかもしれないと気づきながら、それでも指が止まらないことがありました。

次に変わったのは、本文との距離感です。タイトルが報酬を目的に強く作られると、本文はそのタイトルに追いつこうと必死になります。タイトルで約束したことを、本文で無理にでも成立させようとする。結果として、実際にはそこまで断言できない話を、断言口調で書いてしまう。読者に伝えたいことよりも、タイトルに嘘をつかせないための帳尻合わせが先に来てしまうのです。

そして一番大きく変わったのは、書いている時の気持ちでした。読者のために書いていたときは、伝えたいことがまずあって、それに合う言葉を探すという順番でした。でも報酬を目的にしたタイトルから書き始めると、順番が逆になります。売れそうな言葉が先にあって、そこに無理やり内容を合わせていく。書き終えたときの達成感が、以前とは違う種類のものに変わっていることに、ふと気づく瞬間がありました。

もちろん、報酬を意識すること自体が悪いわけではないと思います。むしろ、それがなければ続けられなかった記事もたくさんあります。ただ、タイトルの目的が「読んでほしい」から「稼ぎたい」だけに完全に置き換わってしまうと、記事は少しずつ読者ではなく数字を見て書かれたものになっていく。そのことに、書きながら気づかされました。

今は、タイトルを決めるときに、もう一つだけ質問を増やすようにしています。「これは報酬のためだけの言葉になっていないか」。その一言があるだけで、記事の温度が少しだけ変わる気がしています。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

PR
コータのAmazonページへ

よろしければ、
のぞいてみてください


2026年8月26日水曜日

報酬が増えるほど不安も増えていく

アフィリエイトを始めたばかりの頃、私が望んでいたのはただひとつだった。「報酬が増えてほしい」。それだけだった。ゼロだった数字が少しずつ動き始めたとき、画面を何度も見返しては、ひとりでにやけていたのを覚えている。

でも、しばらく続けているうちに気づいたことがある。報酬が増えるほど、なぜか心が軽くならない。むしろ、以前にはなかった種類の不安が、静かに増えていくのだ。

「このままでいいのか」という不安

数字が小さいうちは、単純だった。増えれば嬉しい、それだけ。しかし、ある程度まとまった金額が見えてくると、頭の中に別の声が生まれてくる。

「この収益は本当に安定しているのか」 「来月も同じように出るのだろうか」 「これはただの偶然ではないか」

不思議なもので、報酬がゼロだったときには感じなかった恐れが、報酬が出るようになってから初めて顔を出す。何も持っていなかったときは失うものもなかった。けれど、積み上げたものができた瞬間から、今度はそれを失うことへの恐れが生まれる。

順位や検索結果が気になって仕方なくなる

報酬が発生するようになると、それを生み出している記事の順位が急に気になり始める。今まで気にも留めなかった検索結果を、一日に何度も確認するようになった自分に気づいたときは、少し笑ってしまった。

順位が少し下がっただけで、心臓がきゅっと締め付けられるような感覚がある。逆に上がれば安心する。だが、その安心は長くは続かない。また次の変動が来るかもしれないと、心のどこかで身構えている。

平穏だったはずの毎日に、いつのまにか「監視すること」が組み込まれてしまっている。

増えた分だけ、失うものも増える

これは考えてみれば当たり前のことなのかもしれない。何も積み上げていない人は、下がることを心配する必要がない。積み上げた分だけ、下がったときの落差も大きくなる。

報酬という数字は、私にとって単なる収入以上の意味を持つようになっていた。それは「これまでの努力が間違っていなかった証明」のようなものであり、同時に「いつ崩れてもおかしくない砂の城」のようなものでもあった。

増えることは嬉しい。だが、増えたことによって、守るべきものが増えたということでもある。守るものが増えれば、当然、失うことへの恐怖も比例して増えていく。

それでも、不安と一緒に歩いていくしかない

こうして書いてみると、なんだかネガティブな話に聞こえるかもしれない。けれど、私はこの不安を悪いものだとは思っていない。

不安があるということは、それだけ真剣に向き合っている証拠でもある。何も気にならないほど無関心なら、そもそも記事を書き続けることすらできていないはずだ。

大切なのは、不安を消そうとすることではなく、不安と適度な距離を保ちながら付き合っていくことなのかもしれない。順位を毎日十回確認していたのを一日一回にしてみる。数字に一喜一憂する時間を減らして、次の記事を書く時間に充てる。そんな小さな調整の積み重ねが、結局は一番効いている気がする。

報酬が増えるほど不安も増えていく。それはきっと、これからも変わらない。だとしたら、不安をゼロにしようとするのではなく、不安があっても淡々と手を動かし続けられる自分でいたい。今日もまた、その気持ちで一本、記事を書いている。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

PR
コータのAmazonページへ

よろしければ、
のぞいてみてください


2026年8月25日火曜日

報酬がなくても書き続けた時間について

ブログを始めた頃、正直に言うと「そのうち報酬が発生するはず」という気持ちが心のどこかにありました。記事を書けば書くほど収益に近づいていく、そんな漠然とした期待です。

でも実際は、そんなに単純ではありませんでした。毎日パソコンに向かい、キーワードを調べ、文章を組み立て、公開する。それを繰り返しても、アクセス解析の数字はほとんど動かず、報酬の欄には長い間ゼロが並んだままでした。

正直、心が折れそうになった瞬間は何度もあります。「これだけ時間をかけているのに、何も返ってこない」という思いは、想像していたより重くのしかかってきました。特に、仕事や日常の合間を縫って書いていた時間を思い返すと、その分だけ虚しさも大きくなっていったように思います。

それでも筆を止めなかったのは、収益とは別のところに、続ける理由があったからかもしれません。文章を書くこと自体が少しずつ自分の中で習慣になっていき、テーマについて調べる過程で新しい知識が増えていく感覚がありました。誰かの役に立つかもしれない、という小さな期待も、地味に支えになっていたと思います。

振り返ってみると、報酬がない期間というのは、ただの「無駄な時間」ではなかったのかもしれません。文章の書き方が少しずつ変わっていったこと、続けるための工夫を自分なりに見つけていったこと、そうした小さな積み重ねは、後から振り返らないと気づけないものでした。

もちろん、報酬が発生した瞬間の喜びは特別なものです。でも、その喜びの土台には、報酬がなくても書き続けた地味な時間が確かに存在していました。派手さはなくても、その時間があったからこそ、今書き続けていられるのだと思います。

もし今、同じように結果が出ない時期を過ごしている人がいたら伝えたいのは、「今の時間が無駄になるとは限らない」ということです。すぐに数字として表れなくても、積み重ねた分だけ、何かしらの形で自分の中に残っていくものがあるはずです。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

PR
コータのAmazonページへ

よろしければ、
のぞいてみてください