ブログの下書きを、AIに頼んでみたことがあります。
テーマを伝えて、数十秒待つ。画面に現れたのは、見出しも構成も整った、驚くほどきれいな文章でした。誤字もなければ、話の流れも自然です。正直に言うと、「これでいいじゃん」と思ってしまいました。
けれど、その記事を読み返しているうちに、小さな違和感が残りました。
間違ってはいない。読みやすくもある。それなのに、どこにも「私」がいないのです。
上手な文章と、自分の記事は別物
AIが書く文章は、たいてい「上手」です。誰が読んでも分かりやすく、角が立たず、ほどよくまとまっています。
でも、それは言い換えれば、誰が書いても同じになりやすい文章ということでもあります。
ブログを読んでくれる人は、情報だけを探しているわけではありません。情報なら、検索すればいくらでも出てきます。その中でわざわざ「この人の記事」を読む理由は、おそらく別のところにあります。
- この人は、どんな場面でそう感じたのか
- どんな失敗をして、何に迷ったのか
- なぜ、その結論にたどり着いたのか
こうした「その人だけの背景」が、記事の中に流れているかどうか。自分の記事かどうかは、上手さではなく、そこで決まる気がしています。
「自分の記事」を分けるのは、経験の細部
たとえば、同じ「ブログを続けるコツ」という話でも、こんなふうに違いが出ます。
AIが書くと、「毎日少しずつ書きましょう」「無理のない目標を立てましょう」と、整った正解が並びます。
自分が書くなら、「3日目に誰も読んでいないことに気づいて、一度ノートを閉じた夜があった」という、少し格好悪い話が入ります。
後者のほうが、読む人の記憶に残ります。正解よりも、誰かが実際に立ち止まった場所のほうが、読む人の気持ちに近いからです。
経験の細部は、AIには用意できません。その日の天気も、手の迷いも、飲んでいたコーヒーの温度も、体験した本人しか知らないからです。
AIを使うことと、自分の記事であることは両立する
ここまで読むと、「AIを使うのはよくないのか」と思われるかもしれません。私はそうは思っていません。
AIは、道具としてとても優秀です。
- 頭の中が散らかっているときの、論点の整理
- 見出し案を出してもらって、方向性を比べること
- 書き上げた文章の、読みにくい箇所の指摘
- 言い回しが単調になったときの、別の表現の提案
こうした使い方なら、AIは書く時間を短くしてくれて、考える時間を増やしてくれます。
大切なのは、AIが出した文章をそのまま置くのではなく、自分の体験と言葉を通してから置くことだと思います。
私が実際にやってみて、しっくりきた手順はこんな感じです。
- まず、AIに頼む前に、自分の体験を箇条書きで3つ書き出す
- 構成づくりや整理はAIに手伝ってもらう
- 本文に、自分の失敗談や感じたことを必ず1か所は入れる
- 最後に声に出して読み、「自分ならこう言わない」という部分を直す
特に4つ目は効果があります。口に出して違和感のある言い回しは、たいてい自分の言葉ではないからです。
アフィリエイトの記事でも、同じことが言える
アフィリエイトの記事は、商品やサービスを紹介するものです。スペックや料金だけなら、公式サイトを見れば分かります。
そこで差が出るのは、実際に使ってどう感じたか、どこで迷ったか、どんな人には合わなかったかという部分です。
良いところだけを並べた紹介文は、AIでも簡単に作れます。でも、読む人が本当に知りたいのは、「自分に合うのか」という判断材料です。使った人にしか書けない小さな不満や、意外な発見こそが、信頼につながっていきます。
「自分の記事」とは、読んだ人が書き手を感じられる記事
ここまで考えて、いまの私なりの答えはこうなりました。
自分の記事とは、文章がうまい記事ではなく、読み終えたときに、書いた人の顔がうっすら浮かぶ記事です。
多少ぎこちなくても、遠回りでも、そこに実際の迷いや気づきが入っていれば、それは誰にも代わりに書けない記事になります。
誰でもAIで書ける時代だからこそ、書く人の「体験」と「ものの見方」の価値は、むしろ上がっていくのではないでしょうか。
きれいな文章は、これからもっと簡単に手に入ります。だからこそ、私は少し不格好でも、自分が見た景色を、自分の言葉で書いていきたいと思っています。
あなたが最近、「これは自分にしか書けないな」と感じた体験は、どんなことでしたか?
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
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