2026年2月5日木曜日

それでも書き続ける理由

伸びないかもしれない。
評価されないかもしれない。
途中で止まるかもしれない。

それでも、なぜ書くのか。

私はAIに、
半分自分に言い聞かせるみたいに聞いた。

書くと、思考が外に出る

頭の中だけで考えていると、
同じところをぐるぐる回る。

でも文章にすると、
一度、外に出る。

AIは淡々と言う。

「書くことで、思考は整理されます」

誰に読まれなくても、
書いた時点で意味はある。

書いたものは、あとから自分を助ける

過去の記事を読み返すと、
意外と他人みたいに感じる。

あの時、何に悩んでいたか

何を大事にしていたか

どう考えていたか

AIはここを評価している。

「書いた記録は、時間を越えて使えます」

未来の自分が、
一番の読者になることもある。

書き続けると、言葉が自分のものになる

最初は、
どこかで見たような文章になる。

でも書き続けると、
少しずつズレてくる。

言い回し、
間の取り方、
気にするポイント。

AIは言う。

「それが、その人の文体です」

才能じゃない。
回数の問題だ。

読まれなくても、届くことがある

数字に出ないだけで、
誰かの中に残ることがある。

コメントもなく、
反応もない。

でも、
検索して、読んで、
そっと閉じる人がいる。

AIは知っている。

「多くの読者は、何も残しません」

それでも、
文章は残る。

書くことは、選択を自分に戻すこと

ブログを書くという行為は、
少し不器用だ。

速くもないし、
派手でもない。

でも、
何を書くか、
どこまで書くか、
全部自分で決められる。

AIはこう言った。

「書くことは、主導権を取り戻す行為です」

評価されなくても、
続ける理由はそこにある。

それでも書き続けるのは、やめなかった証になる

最後にAIは、
少しだけ人間っぽいことを言った。

「やめなかった人の文章は、
あとから必ず違って見えます」

成功したから続いたんじゃない。
続けたから、残った。

私は今日も、
伸びるかどうかわからない文章を、
ブログとして置いている。

たぶん明日も、
大きな変化はない。

でも、
それでも書き続ける理由は、
もう十分ある気がしている。

0 件のコメント:

コメントを投稿